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Proffesor Rudolf Bibl
指揮者 プロフェッサー・ルドルフ・ビーブル
Proffesor Rudolf Bibl
オペレッタを指揮したら世界最高。 ウィンナ・オペレッタの伝統は?と聞かれたら、プロフェッサー・ルドルフ・ビーブルがその人。生粋のウィーン子。ウィーン音楽アカデミーを
卒業後、1948年、オーストリア・グラーツ歌劇場を振り出しに、1951年インスブルック州立歌劇場の正指揮者、三年後に再びグラーツに戻り、オペレッタの主席指揮者となる。
グラーツ歌劇場 正面
グラーツ歌劇場 オペラハウス
テアター・アン・デア・ウィーン
日本では日露戦争の翌年、イタリアではプッチーニが大活躍していた頃1905年12月30日に、オペレッタ史上不朽の名作「メリー・ウィドゥ」が、この劇場で初演された。 ウィーンにある劇場で、もっとも古い建物。
1960年〜68年、テアター・アン・デア・ウィーンの指揮者、1967年、ドイツ・トリエル歌劇場の音楽監督、1973年よりウィーン・フォルクスオーパーの専属指揮者となり、1979年初来日の時には首席指揮者として、以降十年間、フォルクスオーパーのオペレッタの”黄金時代”を築く。
フォルクスオーパー 横から
フォルクスオーパー
オペラハウス
フォルクスオーパー正面
その間、日本、アジア、ヨーロッパ=トリエスト、パレルモ、テューリン、フローレンス、ベルリン、ミュンヘン、メトロポリタン・オペラ、ボルドーと世界を股にかけて、オペレッタをはじめ、コンサート、TV、ラジオ、CDの録音指揮と幅広く活躍、世界のビーブルとなった。
1995年から”メルビッシュ湖上オペレッタ”を”ウィンナ・オペレッタのメッカ”にした功績は大きい。
湖上からのメルビッシュ
その功により「オーストリア科学・芸術功労十字賞(第1等)」を授与。ウィーン・フォルクスオーパーの名誉指揮者となる。氏の指揮の特色は、オーケストラの楽団員の才能を十分に生かし、まるでオーケストラが空気のように舞台を包み込み、ここぞという時のアインザッツの胸のすくような鋭さ、心地よい緊張感はたまらない。そしてあのウィンナ・オペレッタ独特のこぶしのきいた四分の三拍子をふんだんにきかせて観客をしびれさせ、そのテンポのよさに心が躍る。
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